解説書
ツボカビ症解説書
この解説書は、国内のツボカビ症対策のために、爬虫類と両生類の病理と臨床のための研究会(SCAPARA)発行「両生類テキスト」の内容に、さらに諸外国の情報をとりいれて、作成したものです。国内におけるツボカビ症の拡散防止と根絶のために少しでも役立つことを望みます。 (文責:宇根有美、黒木俊郎)
1.ツボカビとは
ツボカビ症は両生類の新興感染症で、ツボカビ門に属する真菌の、Batrachochytrium dendrobatidisが原因である。ツボカビ類は土壌や淡水中に生息し、分解菌あるいは腐生菌としてキチン、セルロース、ケラチンといった分解しにくい物質を利用する。生活様式は腐生性と寄生性(条件的寄生性あるいは偏性寄生性)である。B. dendrobatidisが利用するのはケラチンであり、両生類の皮膚に寄生する。
B. dendrobatidisの生活環は、遊走子と遊走子嚢からなっており、遊走子嚢は表面平滑な球形から長球形で、乳頭状の放出管があり、そこから遊走子を放出する。ツボカビは真菌の中で唯一その生活環に鞭毛を有する遊走子があり、それによって水中を遊走する。
2.両生類に対するツボカビの影響
世界の両生類
5,743種のうち、120種が 1980年以降に絶滅したと推測され、さらに1,856種(32%)は絶滅のおそれがあるとされている。このような急激な絶滅を加速させている原因の一つに、ツボカビ症があげられている。現在、ツボカビはIUCN(国際自然保護連合)による外来生物ワースト100にもリストされ、世界的な監視が必要とされている。
両生類のツボカビ症は、致死率が高く(90%以上)、伝播力が強いために世界中で猛威をふるい、すでにオーストラリアや中米の両生類が壊滅的な打撃を受けている。パナマでは、ツボカビが侵入してから2ヶ月の間に生息群が全滅したという報告もある。毎年28kmの拡散がみられ、ファウナのあるエリアでは、71%にあたる48種の感染が確認されている。
野外における防除方法は確立されていないため、野外遺棄が起こると、根絶は不可能である。オーストラリアでは輸出入検疫を強化し、国をあげて対策に取り組んでいる。
3.カエルのツボカビ症の発生状況と臨床症状
1)発生状況
B. dendrobatidisはこれまでのところ、北中南米、アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド、欧州に分布しており、確認されていないのはこれまでアジア地域のみとされてきたが、2006年12月、日本で初めて飼育中のカエルで確認された。ツボカビ症が初めて確認されたのは、1998年のオーストラリアとパナマにおける感染事例の報告であったが、その後世界各地でさかのぼり調査が実施された。ツボカビ症の最初の記録は、the South African Museumの標本から検出されたアフリカツメガエル(Xenopus laevis)(1938年)から得られている。
世界中への拡散の役割を果たした動物として、いずれも種々の目的で世界中に移入されているアフリカツメガエルおよび近縁種(Xenopus spp.)やウシガエル(Rana catesbeiana)が疑われている。これらの種は感染しても殆ど症状が顕れないか無症状で、体表から病原体が検出される状態で経過する。
上記以外にペットとして、あるいは展示動物として国際的に取引されている種々の両生類が伝播の役割を果たしている可能性も否定できない。また、観賞魚や養殖魚は必ず水とともに輸送されるが、水中に遊走子が存在していれば、数週間以上生存することができることから、水とともに世界中に輸送されていることも推測することができる。当然、ヒトの活動によって、遊走子を含む土壌や水を運ぶ可能性もある。カエルの観察者の靴などに付着した土壌や、車両を介して伝播される可能性があることも指摘されている。
2)臨床症状
食欲不振、沈鬱などの非特異的症状で始まり、発症から2〜5週で死亡する。オタマジャクシでは口器が感染によって変形することもあるが、通常は無症状である。皮膚の浸透圧調節と皮膚の生物学的機能の崩壊が、主たる臨床症状として現れるようである。二次感染が生じる可能性もある。何らかの異常を発現している、いかなるカエルでも、最初にB. dendrobatidis感染の可能性を考えるべきである。なお、日本初の事例では、暴露から3〜4日で死亡する急性ツボカビ症であった。
外観(1つまたはそれ以上の症状)
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背部表面が暗色、または発疹が多発。
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ピンク〜赤色調の腹部表面または水かき、指端。
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後肢の腫脹。
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高度の削痩と衰弱。
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皮膚病変(潰瘍、しこり(lumps))。
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感染を示唆する眼。縮瞳。
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明らかに非対称的な外観。※全く肉眼的変化に気がつかない場合もある
行動(1つまたはそれ以上の症状)
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無気力に足を動かす、特に後肢。筋協調不能。
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異常行動 (国内事例では、日頃佇んでいるカエルが不安げに歩きまわり、暴れた。これは皮膚呼吸の阻害による苦悶と考えられる)。
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触ってもわずかに動く程度か、動かない。沈鬱。
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縮こまった独特な姿勢。 急死。
診断的行動テスト
試験 |
健康 |
病気 |
優しく指で触る |
目をぱちぱちさせる |
目をぱちぱちしない |
ひっくり返す |
もとに反転する |
ひっくり返ったまま |
口を優しく握る |
前足を使って、握られた状態から逃げようとする |
反応なし |
4.病理学的所見(肉眼・組織)
肉眼所見 集団発生および急性感染では、下記の所見が得られないこともある。
・広範に異常な脱皮(皮膚の脱落)。
・背部が暗色、腹部および大腿部内側が赤色調を示す。
・重度の削痩。
・二次感染に起因する皮膚病変。
・内臓諸臓器に鬱血がみられることもある。
組織所見
B. dendrobatidisはケラチンを栄養素として利用するため、主に表皮の有棘層、顆粒層で感染・増殖する。カエルでは表皮にケラチンが存在するが、オタマジャクシでは表皮にケラチンがないため、ケラチンを含む口器部分に限局して遊走子嚢が観察される。病原体は、光学顕微鏡で3つのステージがある。
(1)中心部に好塩基性で球形から楕円形の大きな構造物を有する。ツボカビの未熟なタイプで、遊走子嚢(直径10〜40μm)を形成する。
(2)やがて分裂を始め、4〜10個の好塩基性で細長いか、円形の遊走子(直径0.7〜6μm)が見られる(実際には最大で300個もの遊走子が形成される)。
(3)遊走子嚢に放出管が形成。遊走子が放出された後の遊走子嚢は空胞となり、いくつかは隔壁が形成され、有隔葉状体として観察される。最終的に遊走子嚢は潰れていくが、稀に嚢内に細菌が増殖することもある。
病原体は過ヨウ素酸シッフ反応及びゴモリ染色陽性であるが、抗酸菌染色では染まらない。透過型電子顕微鏡で観察すると胞子に鞭毛が観察される。最近ではB. dendrobatidisに対するポリクローナル抗体を用いた免疫染色も報告されている。
感染に引き続いて生じる組織学的変化として、ほとんどのカエルに、病原体に隣接する表皮角化層部分に限局性の表皮過形成、角化亢進や糜爛がみられる。表皮の不規則な肥厚および表皮細胞の軽度の限局性壊死も認められることがある。角質層の標準の厚さは2〜5μmであるが、B. dendrobatidisによる重度の感染では、厚さが最大60μm にまでなる。病巣部下層に炎症細胞浸潤がみられるが概して軽く、取るに足りない。
5.伝播様式
感染ステージは遊走子嚢から離れた遊走子で、感染は100個程度の遊走子により成立し、致死的となる。遊走子は遊泳して宿主に到達することから、発育や感染には水が必須である。遊走子は水道水で3週間、精製水では4週間、湖水ではさらに長い期間生存することができる。発育至適温度は17〜25℃で、23℃が最も適しているとされている。高温に弱く、28℃で発育が止まり、30℃以上になると死滅する。
6.診断・検査
B. dendrobatidisの診断は組織学的に行われ、経験を積めば容易である。組織学的診断には、感染皮膚の組織標本が必要で、カエルの皮膚の正常構造と病原体に関する知識と経験が必要である。迅速診断法としては皮膚掻爬材料を無染色で鏡検し、遊走子を確認する。生きているカエルでは、皮膚掻爬あるいは肢端を摘み、組織学的に診断する。オタマジャクシのツボカビ症の診断には、鑑定殺が必須である。B. dendrobatidisは口器にのみ感染するため、小型のオタマジャクシは切断せずに口器を温存したまま、大型のオタマジャクシでは、口器を含む頭部を縦断して組織標本を作製する。その際に、ケラチン質の歯が含まれていることが診断に欠かせない。
その他、新鮮材料からの培養法もあるが、操作が煩雑で培養に時間を要し、検出感度が低いため一般的ではない。研究レベルでは遺伝学的手法(PCR、リアルタイムPCR)が用いられている。
病気または死亡したカエルの準備と移動のための手順を以下に示す。
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病気または死亡したカエルを扱う際は、ディスポーサブルの手袋を着用。
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常に新しい手袋、きれいなポリ袋を、各々のカエルに使用する。
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カエルが死亡していたら、速やかに冷蔵保存する(死後すぐに腐敗して検査が難しくなる)。標本は10%中性緩衝ホルマリンで固定、保存する。
死亡したカエルは腹部を切開し、腸管に注入固定をして約10倍量の固定液に入れる。解剖できない場合は標本を冷凍する(組織検査には適さなくなる)。指端および腹部皮膚の一部を遺伝学的検査にまわす。
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容器には少なくとも種、日付、場所が分かるようにラベルする。
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生きているが移動しても生存できそうにない場合は、安楽死させ、標本を冷凍庫に入れる。冷凍すれば標本はいつでも送付することができる。
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カエルが生きていて輸送に耐えられそうな場合、湿った葉を散らした布袋かポリ袋に入れ、部分的に膨らませて密閉する。輸送の間、全てのカエルは別々にしておく。
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保存した標本は瓶に入れ、袋に入れて密閉し、箱の中に入れて送る。
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冷凍材料はドライアイスまたは氷と一緒にアイスボックスに入れて送る。
7.消毒
手や備品の消毒薬は細菌、発育中および胞子の状態の両方の真菌類に効果的でなくてはならない。以下の薬剤が推奨される。
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クロラミンとクロルヘキシジンをベースとした製品。これらの製品は手、靴、その他の備品に使用するのに適している。
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適切な濃度に希釈された漂白剤やアルコールは細菌や真菌に対して有効である。これらの消毒薬には腐食性や危険性があるため、消毒の対象によっては実用的ではない。
メタノールを使うときはどちらかを行う
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70%メタノールに30分漬ける。
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100%メタノールにさっと浸けた後、10秒間炎に当てるか、水中で10分間沸騰させる。
漂白剤(濃度5%)はRanaウイルスのような他の病原体に対しても有効である。
これらの方法で容易に消毒できない備品は、医療用標準70%イソプロピルアルコールを染み込ませた布巾またはウェットティッシュ(イソプロピルアルコール)によって効果的に清掃することができる。
自動車の車輪やタイヤを消毒するのには、塩化ベンザルコニウムを有効成分とする消毒薬の噴霧が推奨される。
8.治療法
確実な治療法は確立していないが、効果があるとされている薬剤、治療法が報告されている。根気よく、治療する必要があり、中途半端な治療は保菌動物の増加、対策の遅れを招くので、避けた方が良い。
現状で使用可能な治療方法を挙げる。
・感染の可能性があるカエルの治療法としては、塩化ベンザルコニウム溶液1mg/Lを1日1時間ごとに1,3,5,9,11,13日目の治療期間に1匹ずつ浸漬する。カエルは2ヶ月間隔離。これと、その他、効果がある程度期待される治療法は、BergerとSpeare(1998)が報告。
・Betadinec(10%ポピドンヨード液)とBactonexc(塩酸アミナクリンとメチレンブルーを含む)による治療も成体のカエルで数例成功している(M Mahony, Newcastle University 私信)。
・Itraconazolecは有効である(Lee Berger CSIRO
Australian Animal Health Laboratory 私信)。
:0.01% itraconazole液で薬浴、1日1回5分、10日間。itraconazoleを1% methyl cellulose液に溶かし、0.6%生理食塩水で0.01%液にする。
9.対策・注意事項 (展示施設と研究施設)
下記に検疫プロトコールの要約を示す。このプロトコールを順守することで、ツボカビによる施設内外の汚染を最小限に留めることができる。
・導入する全ての両生類は獣医師が検査を行なう。
・検疫期間は60日以上。
・適切な温度範囲は17〜23℃。
・ツボカビ感染のリスクのある数頭のオタマジャクシは安楽死させ、検査する。
・ツボカビ感染のリスクのあるカエルは、イトラコナゾールで浸漬する。
・検疫はオールインオールアウトが原則である。
・まず、放野する可能性のある動物から世話をする。
・検疫動物は、他の飼育動物の後に世話をする。
・手袋着用が原則。
・検疫エリアの踏み込み消毒槽は、ビルコン(Antec社)が最も適している。
・備品とケージは次亜塩素酸ナトリウム200mg/Lで最低15分間消毒する。
・検疫エリアと通常の飼育エリアの移動は一方通行が原則である。
・オタマジャクシまたはカエルが死亡したら、病理検査を必ず実施する。
・放野予定の個体は全く別の部屋か建物で飼育する。
・水は、流す前に必ず次亜塩素酸ナトリウム200mg/Lで最低15分間消毒する。
上記の項目に加えて、カエルを野外で移動する必要があるとき、以下の事項が適用されるべきである。
・何らかの病気や感染の可能性がある場合は、カエルを野外に放すべきではないし、他の場所(野外)に移動させてもいけない。
・病気の可能性が疑われる場合、できる限り早期に指定されたカエルの受け入れ先および研究機関からアドバイスを得る。
・治療を受けているカエルは個別に飼育し、非感染個体とは隔離する。
(個人の飼育者は、上記の方法に準じて行う)
10. 最後に
より詳細な解説は、WWFジャパンのホームページにツボカビに関する情報サイトがありますので、そちらを参考にして下さい。
http://www.asahi-net.or.jp/~zb4h-kskr/alien-s.htm のリンク集
http://www.asahi-net.or.jp/~zb4h-kskr/alien-s/link.htm の「ツボカビに関するリンク集」
http://www.asahi-net.or.jp/~zb4h-kskr/alien-s/tsubokabi.htm および
http://www.cdc.gov/ncidod/eid/vol10no12/03-0804.htm