高病原性鳥インフルエンザ対策


項目

.その1:開業獣医師のためのインフルエンザ対策

その2:傷病野鳥救護における鳥インフルエンザウイルス対策

その3:練馬区報 新型インフルエンザの発生に備えましょう


高病原性鳥インフルエンザウイルスについて(WRV野生動物救護獣医師協会編)

 

その1:開業獣医師のためのインフルエンザ対策   WRV 石橋 徹

(東京都家畜保険衛生所 東京都福祉保険局 環境省への取材より)

高病原性鳥インフルエンザウイルス(以下インフルエンザと省略)の感染による問題は、厚生労働省(感染症法)と農林水産省(家畜伝染病予防法)ならびに環境省(関連法無し)の3つの政府機関が対応することになっています。病原体そのものの定義と、取り扱う感染対象もおのおの異なり、さらに実際の窓口は都道府県の担当部署なので、現場の対応方法や現場判断は都道府県ごとに異なるようです。私たちのような街の開業獣医師は、いろいろな動物を区別なく相手にしている都合上、インフルエンザ問題と直面するまえに、まず行政の対応区分を理解しておく必要があります。  

東京都を例に解説しますが、他の道府県の先生方も、ご自身の地域の行政窓口と、その対応内容を確認され、場合によっては獣医師会などを通じて行政との話しあいの場をもたれ、街の開業医がインフルエンザ問題に正しく対応して地域の公衆衛生に寄与するとともに、発生時に健康被害や経済的損失を被ることのないように備えていただきたいと思います。

開業医が扱う動物で、インフルエンザに関連するものは、家禽に分類される種類の鳥類、そのほかの愛玩鳥、もちこまれる傷病野鳥、ブタ、フェレットなどです。

東京都では産業労働局農林水産部食料安全室が家禽。環境局自然環境部計画課と多摩環境事務所自然環境課が傷病野鳥。東京都動物愛護センターがその他のペット。という区分で相談窓口を設けています。小学校や個人で飼育しているニワトリ・アヒル・ウズラ・シチメンチョウは産業労働局へ。傷病野鳥は環境局へ。ペットとして飼育されている鳥類(キジやメジロなどの野鳥、オウム、インコ、ブンチョウなどのいわゆる愛玩鳥)、フェレット、ミニブタなどは動物愛護相談センターへ相談します。

東京都の開業医は、自分の診療所でインフルエンザを疑ったり、診断したりする必要がなく、これらの部署に連絡さえすれば、あとは東京都が内部の機関で分担して運搬・検査・届け出までを担当してくれます。診療所は発生場所扱いにはならず、実名報道される危険もありません。自身の健康不安については濃厚接触者として福祉保険局がケアしてくれます。

ここで私たち開業医が担当すべき任務は、インフルエンザについてよく熟知し、一般市民の不安や過剰反応を和らげつつ、日ごろ鍛えた第6感と医学知識で本当に怪しいものをいち早く検出し、封じ込めることです。なんでもかんでも不安にかられて検査にまわしていては、行政もパンクしますから、私たちは防波堤としての機能も期待されます。反対に、まったく認識のないままマスクなしで鳥の解剖をするようなことは避けたいものです。また、関係機関から、発生モニタリングのためのサンプル提供を依頼される可能性もあるかもしれません。

開業医が現場で留意すべき具体的なポイント

@     高病原性鳥インフルエンザウイルスはめったなことではヒトに感染しない。という前提で市民に対応する。(詳細解説参照のこと)

 

A     高病原性鳥インフルエンザウイルスは日本に常在していないため、身近な飼い鳥に発症する可能性はきわめて低いという認識で市民に対応する。(詳細解説参照のこと)

 

B 患者の種類によって、行政の窓口が異なるので、あらかじめ確認・打ち合わせをしておく。

 

C動物に接する者はあらかじめヒトのインフルエンザワクチンの接種をうけ、まかり間違って高病原性鳥インフルエンザ感染をうけた場合でも、自らの体内で新型インフルエンザへの変異を起こさせないように配慮する。(詳細解説参照のこと)

 

D入念な感染防護意識をもって治療・飼育管理を行う。(詳細解説参照のこと)

 

E雑な手法での解剖をみだりに行わない。(詳細解説参照のこと)

 

F被疑個体を、他の感受性生物と接触させないように注意する。あるいは接触した術者が消毒などをしないまま他の感受性生物に触れたり、感受性動物の飼育場所に出入りしない。

 

G遺体を冷凍保存するとウイルスが生存したまま保存されるので、管理には注意を要する。

 

H診療所レベルで確定診断をする方法はないと割り切り、不安を感じたり怪しいと思ったら、自前でなんとかしようとせず行政への連携を急ぐ。(詳細解説参照のこと)

 

I斃死体に対する市民からの質問に、簡潔かつ均一な回答を準備しておく。(詳細解説参照のこと)

 

J病院スタッフや鳥獣保護員や各種ボランティアなど、獣医師以外に動物と接する者たちに対して、正しい認識と対処の仕方を身につけてもらうよう啓蒙する。

 

K弱った野鳥をみつけた一般市民は、とりあえず目についた最寄の動物病院にいきなり個体を持ち込んでくる。持ち込むと同時にインフルエンザの不安を訴えてくる可能性があるので、診療内容の専門性に関係なく、どの病院も一応の認識と知識をもって対応の用意しておく必要がある。(その2参照のこと)

詳細解説

開業獣医師が高病原性鳥インフルエンザ問題に直面した場合に、具体的に留意する点は前術のとおりですが、より深い理解を得るために関連情報を以下に添付します。

 

@     高病原性鳥インフルエンザウイルスはめったなことではヒトに感染しない。という前提で市民に対応する。 

 

高病原性鳥インフルエンザは、あくまでも家禽に対する毒性が高いという意味での高病原性表記ですので、日本国内で観察される500種あまりの野鳥や様々な飼い鳥に対してはこの限りではありませんし、ましてや人間にも感染する恐ろしいトリのウイルスというニュアンスが込められて高病原性と呼ばれているのではありません。野鳥の種ごとの感受性の違いについては、一部の例外をのぞき、ほぼ何もわかっていないと言ってよいでしょう。  

ヒトへの感染のメカニズムについてはいくつかの研究がなされ、断片的な知見が得られていますが、ほとんど解明できていないというのが実情です。

感染しにくい理由。あるいはどうして例外的に感染が成立してしまったのか?という理由には諸説あります。高病原性鳥インフルエンザウイルスのHAと結合するレセプターがヒトには存在しないので原則的には人に感染しないけれども、人間のレセプターへの結合能力を有した変異株が発見されており、同じ亜型であっても、ヒトに感染する可能性があるウイルスがまれに存在する云々とか、特異体質の人がいて、インフルエンザと結合しうるレセプターをたまたまもっていることがある云々とか、レセプターはヒトの肺胞上皮の細胞に存在するので、よほど奥の方まで大量のウイルスを吸い込まないと到達しない云々など。全体からみれば解っていることは非常に限られています。これらのわずかな知見が引用されて当座の説明がなされており、断定的なことは言えないものの感染のメカニズムからみても、高病原性鳥インフルエンザウイルスは人には感染しにくい。とされています。

 

我が国で高病原性鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染しにくい理由のひとつとして、日本国内の人間がこの病原体に接触する機会がきわめて希であるということも重要です。 

トリ体内の高病原性鳥インフルエンザウイルスは、トリに感染したあと比較的短期間で消失します。このため次々とリレーのように他個体に感染していかない限りウイルスは存在できません。トリ体外に出たウイルスも乾燥・紫外線に対してきわめて弱く、短期間で失活します。このような性質からしても高病原性鳥インフルエンザウイルスを排泄中のトリに偶然ヒトが接触する機会は多くないと考えられます。

実際にヒトの発症がみられたような国では、人々の生活の中に日常的に鶏が入り乱れて存在し、自ら鶏を解体して食用とするような環境です。

このような環境では、たまたま大量のウイルスを排泄しているタイミングの鶏と濃厚に接触し、感染が成立してしまう可能性が日本よりはるかに高いのです。ましてや先ほど紹介したウイルス変異株説やヒトの特異体質説などの条件を加味すれば、日本国内で感染の条件がそろう可能性はますます低くなると考えてよいでしょう。

 

A高病原性鳥インフルエンザウイルスは日本に常在していないため、身近な飼い鳥に発症する可能性はきわめて低いという認識で市民に対応する。

 

発生地の諸外国と比較して、我が国は、高病原性鳥インフルエンザウイルスが常時発生している地域ではないため、身近な家禽が高病原性鳥インフルエンザウイルスを排泄している可能性はゼロに等しいと考えられます。 

このため、およそ個体の出入りのないような小学校のニワトリ小屋や個人の飼い鳥などでは高病原性鳥インフルエンザウイルスを過度に恐れる必要はありません。

マスコミが高病原性鳥インフルエンザウイルスの報道を行った直後は、民間の危機意識が高まるため、鳥類を飼育する方からの問い合わせが多くなります。過去に東京都が設けたインフルエンザ110番にも小学校の小鳥が大量死(といっても4−7羽程度で最高でも19羽の死亡例)の相談が寄せられたそうですが、よく調べてみれば月曜に連絡が来ることが多く、検視の結果、死因は餓死であったそうです。土日が休みの施設ならではの死因と言えますが、こんなことでも全てがインフルエンザに結び付けられてしまいます。

 

C動物に接する者はあらかじめヒトのインフルエンザワクチンの接種をうけ、まかり間違って高病原性鳥インフルエンザ感染をうけた場合でも、自らの体内で新型インフルエンザへの変異を起こさせないように配慮する。

 

仮に偶然に偶然がかさなってヒトに高病原性鳥インフルエンザウイルスが感染したとしても、感染者から他のヒトへの感染がすぐに起こるわけではありません。ヒトからヒトへの感染が成立するようになるためには、高病原性鳥インフルエンザウイルスはヒトの体内で変異をしなければならないと言われています。

インフルエンザの変異の方法のひとつとして『他のタイプのインフルエンザとの交雑』が有名です。高病原性鳥インフルエンザウイルスが偶然に感染したヒトに、別のインフルエンザウイルス(ヒトのインフルエンザなど)が感染し、両者に交雑がおき、ヒトの体内に侵入しやすいうえにヒトの細胞で効率よく増殖できるようなインフルエンザに変異する。というものです。いわゆる新型インフルエンザウイルスの誕生です。

変異のメカズムは交雑だけではありませんが、高病原性鳥インフルエンザウイルスに偶然感染した感染者が、体内に別のインフルエンザウイルスを持たなければ変異の危険性のひとつは回避できます。よって、高病原性鳥インフルエンザウイルス防除任務に従事する者は、あらかじめインフルエンザワクチンを接種することが推奨されるのです。

ちなみに、ここで生じがちな誤解について解説します。インフルエンザのワクチン接種で高病原性鳥インフルエンザウイルスの感染が予防できるわけではありません。接種の目的は防除従事者を高病原性鳥インフルエンザウイルス感染から守るためではなく、間違って感染した際に、変異をおこされてはまずいので、暴露される可能性の高い人間にはヒトのインフルエンザに感染してほしくない。ということです。

 

D入念な感染防護意識をもって治療・飼育管理を行う。

 

我々が保護された野鳥やインフルエンザ疑いのペットの治療を行う際には、ウイルス防護機能をそなえたマスク(N−95規格)とディスポーザブルの帽子と手袋を装着し、処置後はこれらを密封して廃棄します。使い捨てのガウンを着て、使用後は廃棄するという方法もありますが、コストがかさみます。ガウンを採用せずとも着衣に消毒スプレーをかける程度の措置で事足りると思われます。

飼育管理の作業も同様の配慮をすると良いでしょう。入院している他の個体との接触はもとより、作業者の間接的な接触も要注意です。アヒルを含むカモ類は不顕性感染となりやすいことがわかっていますので、とくに取扱いに注意します。

ちなみにテレビなどでよく目にするゴーグルと防護服に身を固めた消毒班が出動するのは、発生が確定された場合であって、普段の診療や保護活動にこの必要性をイメージする必要はないと考えられます。

 

E雑な手法での解剖をみだりに行わない。

 

 インフルエンザに関係なく、死亡した野鳥の死因を究明するために解剖を行う先生は多いと思われます。それに伴い、沢山の羽毛が舞い散ったり、腸内容が露出されたりしますが、このことは、術者や周辺のスタッフが病原体に暴露される可能性を高めることにつながります。消毒液を噴霧して粉塵が舞わないように配慮し、またこれらを体内に取り込まないように十分に配慮して解剖を行いましょう。

 インフルエンザ疑いの場合、東京都のように、被検体をまるごと回収してくれる自治体は問題ありませんが、もし診療所レベルで何か診断のようなことをしなければならない地域があったとした場合、岐阜大学の病理学講座に送ると新設の専門施設で病理検査をしてもらえる可能性があります。診療所を汚染の危険性にさらすより専門機関にゆだねるのが安全と思われます。処理量に限界があると思われますので詳細は直接交渉してください。

 

H診療所レベルで確定診断をする方法はないと割り切り、不安を感じたり怪しいと思ったら、自前でなんとかしようとせず行政への連携を急ぐ。

 

高病原性鳥インフルエンザウイルスがニワトリに感染した場合の臨床症状や解剖所見は、決して特異的なものではなく、野鳥の保護個体には普通に観察される事柄ばかりですし、よく言われるような集団あるいは連続した死という基準も過去の症例報告に照らせば根拠がなく、このような鳥のすべてに嫌疑をかけていたらキリがありません。通常では考えれない場所で保護された・・・不審な死であった・・・・という曖昧な表現も混乱を招くだけの話しであり、各獣医師の取り組み姿勢の違いや野鳥の生態に関する知識の深さや個人の性格の違いなどによっても、結果は大きく左右されるでしょう。そもそも感染症法の届出のように、検査結果をまたずに外観から亜型まで特定した疑い方というものが現実的ではありません。

従来用いられてきたA型とB型を識別するだけのヒト用の簡易検査キットは、野鳥に応用してみたところ非特異反応が見られる場合が散見されました。したがってこれらを使用することは現場での確実な安心要因とはならないと考えられています。

また、最近になって、H5N1型を特異的に検出する人用のキットやH7型を検出するニワトリ用のキットが開発されたとのことで、従来のキットより利用価値が高いのではないかと期待されています。しかし、2008年7月1日現在、これらは大量に生産されているわけではなく、まだ利用できません。

現場レベルでの適切な生前検査が存在しないことは一見 大きな不安要因とも感じられますが、高病原性鳥インフルエンザウイルスが人間に感染する可能性は低いので、現時点では個体の取扱い注意で足りるのではないかと思いますし、東京都のような対応システムを各自治体が整備できれば、開業医はこの問題に頭を悩まさずに済みます。

 

I斃死体に対する市民からの質問に、簡潔かつ均一な回答を準備しておく。

 

あらかじめ、相談者には、斃死体がトリインフルエンザウイルスをもっている可能性が非常に低いこと。ならびにそれがさらにヒトに感染する危険性もきわめて低いことを説明し過度のパニックを落ち着かせて、本題にはいるべきです。

 

相談者の所有地以外の場所にある斃死体については、まずは触らないように。と指示するとよいでしょう。死体があまり人目にもふれずひっそりと自然分解していくような場所にある場合は、そのまま放置してくださいという指示でよいでしょうし、回収しないと問題が生じるような場所であったり、多数であったりする場合では自治体に連絡して処理を依頼することになると思います。

斃死した野鳥の処理は、自治体によって受付先が異なるので、相談をうける可能性のある者は、あらかじめ地元の自治体のシステムを確認し、相談者に適切な指示ができるようにしておくと良いでしょう。

相談者の所有地内にある斃死体の場合、相談者はこれを除去したい気持ちがあると思われるので、その方法について説明します。たいていの場合、生ゴミ処理という形になりますが、ゴミ処理作業者が宅地内にはいって回収作業をおこなってくれるサービスをする自治体は少ないと思われますので、相談者は遺体を自分でゴミ袋にいれて回収を待つというプロセスを担当しなければなりません。そこで、相談者の健康を守るための具体策を指示する必要が生じます。

あくまでも市民が手にはいる用具で対応を指示しなければ現実的ではありません。コンビニや薬局でウイルス防御を謳ったマスクや、厚手のゴム手袋、塩素系の消毒薬の購入を指示します。まずこれらを準備装着した上で、作業にのぞむように伝えます。

市販の塩素剤を有効塩素濃度0.02%程度(各社の製品のインフルエンザ対応濃度に従ってもよい)の濃度に薄めて市販のスプレーボトルに入れ、遺体とその周辺に噴霧し、ホコリが舞い散りにくいようにします。スプレーの風圧でホコリが舞わないように、最初のうちは高い位置から散布するとよいでしょう。

厚手のゴミ袋を裏返し、袋で死体を掴んだあと、袋を裏返して死体を収容(精肉店の量り売りで店員が肉をつかむときの要領)し、さらに遺体のはいった袋を別の袋にいれ、はずしたマスクと手袋もいっしょにこの袋にいれて口をしばります。遺体のあった場所とその周辺にさらに消毒液を噴霧し、気になるようなら衣服にも直接噴霧を行います。この場合、消毒液を吸い込まないように注意を喚起しておきます。

袋はカラスや猫がやぶかないように配慮して回収を待ちます。ウイルスが生きたまま保存される可能性があるので冷凍保存はしないように注意します。

袋はトリの爪や嘴によって破れる可能性があるので厚手がよいでしょう。また、一般市民は、消毒薬の濃度は濃ければ良いと勘違いしがちなので、正しい有効性の確保と危険防止の意味でも指定の濃度を厳守するように指示します。

 

相談者自身がどうしても感染が心配な場合は、その後、自身の健康状態を観察し、必要なら医者にいって検査を受けるように指示します。遺体の死因について相談者が強く不安がるようならば 遺体を検査に出す必要が生じますが、東京都の場合は、相談者ごと東京都の窓口にまわしてしまうことができるため、開業獣医師の判断も相談者へのアドバイスも必要ありません。こういったシステムがない自治体の場合は、岐阜大の病理学教室に相談してみると良いでしょう。ただし 新鮮な遺体でない限りウイルス感染を証明できませんので、腐敗した遺体などは、検査できない由を相談者に伝えます。

 

その2:傷病野鳥救護における鳥インフルエンザウイス対策 WRV 須田沖夫

 

この数年、冬から春にかけて我が国でも飼い鳥や野鳥など鳥類に、鳥インフルエンザが散発的に発生し話題になっている。この病気が哺乳類のインフルエンザに関与し、新たなヒトへの伝染病に変化し、ヒトに大きな被害を及ぼすのではないかと関係者はじめ多くの人が心配している。

 我々獣医師、特に野生動物救護活動をしているWRVの会員は、鳥インフルエンザに感染している野鳥を診察する機会が、今後あるかと思われるので、その対策を考えておく必要がある。それには鳥インフルエンザを知っておくことが重要である。

 インフルエンザAウイルスの感染によっておこる、鳥類の全身性疾病であり、ウイルス株の型によって、呼吸器、消化器そして神経症状と病状や致死率は軽度から重度まで様々である。また、鳥種によっても感受性に変化がみられ、カモ類など不顕性感染も多い。

 急性で罹患率や致死率が高い場合、家禽ペストと古くは言われ現在は高病原性鳥インフルエンザと云われている。強毒ウイルスはHAが宿主の細胞に普遍的に存在する蛋白分解酵素によって開裂活性化し全身で増殖するので重症化する。H5またはH7亜種型のヘマグルチニン(HA)をもつが、必ずしも強毒とは限らない。強毒ウイルスはHAが宿主の細胞に普遍的に存在する蛋白分解酵素によって開裂活性化し全身で増殖するので重症化する。

 家禽ペストは高病原性鳥インフルエンザ(鶏、アヒル、ウズラ 七面鳥)と同義語であり、家畜伝染病である。それ以外の鳥インフルエンザ(鶏、七面鳥、アヒル、ウズラ)は届出家畜伝染病であるので、本病の疑いのあるときは早急に行政(都道府県知事、家畜保健所)に届け、その指示にしたがうこと。野鳥が集団死亡したり、保護された場合、東京都では環境局の判断をもって家畜保健所等が感染を疑って検査をすることになっている。

 

宿主:

 野鳥全般、鶏、七面鳥、ウズラ、キジ、アヒル等がある。野鳥では白鳥やカモなどの水鳥に多くみられるが、日本では数年前にはクマタカやカラスでの発症もみられた。

 

病原:

 インフルエンザAウイルスは、ウイルスエンベロープ表面のHA(ヘマグルチニン)とノイラミニダーゼ(NA)糖蛋白の抗原特異性により、分類されるインフルエンザAウイルスはHAではH1〜H15、NAではN1〜N9の亜種に分かれている。今日注目されている高病原性鳥インフルエンザは「H51型」である。今年、4月から5月に秋田県と北海道で病死したオオハクチョウは、H51型であり、両者は遺伝子的にも塩基配列の99%が一致し感染源が同一と思われる。

 

 

分布・疫学:

 シベリア、アラスカやカナダの水禽(カモ類)の営巣湖沼で、カモ等はインフルエンザウイルスに経口感染し、結腸陰窩の上皮細胞で増殖したウイルスを糞便と共に湖沼水中に排泄する。秋になり、カモ類は南方に渡りを始めその中継地や越冬地の野鳥や家禽に伝播する可能性が高い。しかし、カモ類の多くは抵抗性があり不顕性感染で、外観上では病性をみることは少なく、また死亡することも少ない。カモ類が不在の冬季、ウイルスは湖沼水中に凍結保存されると推定されている。

 日本国内の野鳥の調査においては、鳥インフルエンザの感染が確認されるが、その多くは高病原性鳥インフルエンザではなかった。しかし、20051月山口県の採卵養鶏場において高病原性鳥インフルエンザ(H5N1・家禽ペスト)1924年以来79年ぶりに日本で発生した。

 同年2月には大分県で愛玩用のチャボが数羽、H5N1に感染し、死亡した。さらに、京都府の養鶏場では多数の鶏にH5N1が発生し、行政処分された。法的な報告や処理に不適切なことがあり大きな社会問題になった。その時、近所のカラスがH5N1に感染し、死亡した個体も発見された。この冬韓国では鳥インフルエンザが流行しており、それに感染した野鳥が寒波を避けて日本に渡ったのではないかと言われたが確認はとれていない。

 20056月、8月、9月茨城県のいくつかの採卵養鶏場で鳥インフルエンザのH5N2などH5亜型の抗体陽性反応が多発した。これは未承認の輸入ワクチンが原因ではないかと言われたが、これも確認されていない。

 20061月にも、茨城県で同様のH5N2が発生した。

海外では20061月から5月の5ヶ月間に、アゼルバイジャン、イタリア、ギリシャ、イラン、ドイツ、オーストラリア、フランス、ハンガリー、香港、スイス、デンマーク、スウェーデン、イギリス、中国(青海省)で、ハヤブサ、白鳥、カモ、カササギ、ノスリ、ガンなどの野鳥に鳥インフルエンザ(H5N1)が確認されている。

東南アジアからトルコにかけて高病原性鳥インフルエンザウイスルに感染し、亡くなる人が各地でみられるようになった。

 これらの地域では、人の生活と家畜、家禽との生活の場が重なっていることが多いので、鳥インフルエンザウイルスに濃厚に接触したり吸引するので起こると思われる。

日本では、家畜や家禽との濃厚、長時間の接触の機会が少ない。飼育動物の衛生管理の徹底をすると共に傷病野鳥との直接接触をしない様にすることが発生予防等に大切かと思われる。

 

症状:

 鳥インフルエンザの潜伏期は38日で、時には長い潜伏期の場合もある。鶏では鳥インフルエンザ(家禽ペスト)に感染した場合、初期症状は元気が消失し、食欲や飲水欲減退、隅に立っている、産卵率の低下、衰弱、咳、クシャミ、ラッセル呼吸音、流涙、羽毛逆立、顔面および肉冠、肉垂の浮腫とチアノーゼ、神経症状ならびに緑色下痢便等である。

 発症初期は42℃〜44℃の体温になることもあるが、流行の初期は明確な症状を欠き、潜伏期もまちまちである。食欲が減退し、栄養状態の悪化、栄養失調による死亡と思われ、この伝染病と気づかない場合もあり、診断が遅れ、極めて危険な状態になることが多い。

 定型的病鶏では、肉冠等は鮮紅色を失い紫赤色となり、結膜は充血し、流涙、口腔からは粘調性分泌液を漏出、ときどき首を振り、呼吸困難のため、深呼吸と共に奇声を発することもある。顔面の浮腫も時にみられ、頭部、胸部、脚までも波及する場合もある。さらに神経症状として眼を閉じ、頸部を振戦、体位不整、運動障害による跛行、腰部のマヒによる起立困難または不能となる鶏もみられ、全身症状をおこし死亡する。

 鳥インフルエンザの罹患率や死亡率は鳥種とウイルス株によって大きく異なる。臨床症状も同様で中程度から重篤な呼吸症状を起こす。さらに沈うつ、下痢および神経症状がおこり急死することもある。まれに23週間で回復する場合もある。

 高病原性株では、リンパ球減少と出血性疾患を招く内皮細胞損傷を伴ったウイルス血症を起こすこともある。さらに合併症を起こすこともある。

 

病理:

 軽症では副鼻腔粘膜の腫脹、カタル性、線維素性、粘液膿性あるいは乾酪性充血、漿液性あるいは乾酪性滲出物を伴う気管粘膜の水腫、気嚢の肥厚、カタル性あるいは線維素性腹膜炎または腸炎をおこす。産卵鶏では卵管に滲出物を認めることがある。高病原性の場合は諸臓器および筋肉のうっ血、充血、出血および壊死をおこす。

 高病原性鳥インフルエンザの病理組織変化は、肉冠、肉垂、脾臓、肝臓、肺、腎、心臓、脳および骨格筋の充血、出血、壊死、リンパ球の浸潤、血管拡張および囲管性細胞浸潤等をみとめる。

 

診断:

 臨床症状や病理所見から鳥インフルエンザを確定することは出来ないが診断の助けになるので、臨床獣医師は外観的な診察を十分にする必要がある。その結果、鳥インフルエンザの可能性がある場合は、直ちにウイルス分離と特異抗体の検出を行うので家畜保健所に届け出る必要がある。この場合、感染予防として病鳥の取り扱いは可能な限り防護セットを着用し、病鳥より感染が広がらない様に汚染防止と消毒を十分に行う。

 また、総排泄腔および気管スワブより簡易キットでインフルエンザの有無を診断することも可能であるが、高病原性鳥インフルエンザの確定には不十分である。

 家畜保健所等では、ウイルス分離材料として発症鳥の呼吸器及びクロアカのスワブか呼吸器や腸管などの組織乳剤を用いる。10日齢の鶏胚の尿、羊膜腔内に接種して、35℃で培養する。胚が死亡か、48時間後の尿、羊液の鶏赤血球凝集能を検査する。陽性の場合はその胚、尿、羊膜、乳剤とA型インフルエンザウイルスに対する抗血清との間で寒天ゲル内沈降反応を行う。ウイルス内部蛋白抗原による沈降線が形成されれば、次はHANAの抗原亜型を決定する。

 血球凝集活性を示す尿液を電子顕微鏡で観察し、ウイルス粒子(楕円形、扁平形で大きな70mμ)が確認されたときはヌクレオカプシドの径からパラミクソウイルスと鑑別できる。亜型の決定はV反応およびNA抑制試験またはELISAによるが、多くの標準ウイルス

と特異抗体のセットが必要である。血清診断はペア血清について特異抗体を検出する。

 さらに高病原性鳥インフルエンザのH5N1型の遺伝子塩基配列を分別することで、各地の感染経路等を診断することができる。この検査は動物衛生研究所が担当している。

 ヒトの場合も鳥インフルエンザウイルスに感染が疑われたヒトの気管支や肺から液体を吸引して、研究機関に搬送して、ウイルスの遺伝子を分離し、専門装置で遺伝子検査をして確定する。この検査には6時間から2日間など必要である。

2007年北海道大学の喜田宏先生のグループはH5高病原性鳥インフルエンザ(HPAIU)の迅速診断キットを開発した。これはH7ウイルス感染を特異的、高感度に診断できるので野鳥調査に応用できると考える。

20085月国立国際医療センターで高病原性の鳥インフルエンザウイルスの「H5N1型」を15分で診断できるキットを開発した。これも、感染を疑われるヒトの気管支や肺から液体を吸引して検査するもので、簡単に検査でき、臨床応用が可能となり、感染拡大防止に極めて有効と思われる。

 このキットが、鳥にも応用できれば野鳥においての高病原性鳥インフルエンザの早期発見ができ、ヒトへの感染予防対策に役立つものと思われる。(注:2008現在は発売段階になく普及していません)

 

治療:

 鳥インフルエンザウイルス感染症による症状はウイルスの型と鳥の種類等によって呼吸器から消化器障害そして神経症状と進むが、軽度から重症まであり死亡する場合も多い。このウイルス感染症は届出家畜伝染病であり、その中でも高病原性鳥インフルエンザウイルス(家禽ペスト)は法定伝染病であり、家畜保健所等の指導を受けて対応する。伝染力が強いので、家禽の場合殺処分になるので治療法の研究は少なく、治療薬も少なく確実な治療法はない。そのため養鶏場など家禽に対しては野鳥との接触を防ぎ、ヒト、飼料、車輌および機械の衛生管理を徹底して外部からウイルスの侵入を防止する。特に感染した養鶏場との連結や接触はしない。

また、野鳥の感染状況を定期的におこない、早期発見に努めることが大切である。

しかし、ヒトの場合は高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)ウイルスの予防、治療について近年急速に研究がされ、新しい型のワクチン(万能ワクチン)やタミフルとは別に新しい型の治療薬(リレンザ)も開発されている。

 鶏には予防ワクチンも開発されているが、日本では使用が認められていない。野鳥の場合、大量死や集団死の場合、家畜保健所等で高病原性鳥インフルエンザウイルスの検査をするが、12羽の場合では検査を受け入れてくれない場合が多い。これは、行政側の指導によるものである。実際この十数年間の日本においては野鳥の大量死は以下のように報告されている。

日本での野鳥の集団保護や死亡例

19932月    北海道苫小牧沖のクロカモなど油汚染鳥

19956月   東京国立市でのムクドリの桜の実食死

1996年     長野県ヒレンジャクのピラカンサ食死

19971月    日本海ナホトカ号ウミスズメ、ウトウの油汚染による大量死

200468月 関東から東海など異常気象によるオオミズナギドリの大量死

20042月、20052月    長崎県対馬での油汚染によるオオハムが数十羽死亡

20048月   東京、大阪で水鳥のボツリヌス菌による集団保護・死

200510月   茨城県油汚染によるクロガモが20羽死亡

20062月   北海道札幌などサルモネラ感染によるスズメの大量死

20085月   関東(東京周辺)でミズナギドリなど、低気圧に飛ばされ100羽以上保護

 

上記の例では、高病原性鳥インフルエンザウイルスの確認のためのウイルス検査はしていない。

傷病野生動物診療する獣医師等は、感染力の強い病原体をもった野鳥の診察にあたる可能性もあるので、保護や死体を収容する場合は素手で直接触らないようにしてダンボール箱にいれ、死体においては、ビニール袋でつかみ、袋をとじて持ち帰る。院内での診療では最低でも手袋、ゴーグル、マスク等を着用し、出来ればガウンを用いるのが良い。使用したものは廃棄か消毒をする。

野鳥の保護・治療では、市民や開業獣医師は個々の生命を重視し、動物愛護を前面に出して対応する場合が多いので、感染症や中毒が広がり生態系に悪い影響を及ぼすこともある。初期の診断は重要であり、特に感染症や中毒についてはその個体を犠牲にしても原因を確認して、その対策を早期にすることが野鳥の群れや種を守り、生物多様性を守ることになる。国、行政側から開業獣医師に教育と対策費を定期的かつ長期的に確保して行かないと、傷病野生動物の保護・診療する獣医師はますます減少してゆき、生物多様性の保全が出来なくなる可能性がある。また、野鳥や家禽等を診療する獣医師に優先的にワクチンを接種することもヒトへの感染対策において必須である。

2008年春の高病原性鳥インフルエンザウイルスが青森県や北海道に発生し、白鳥が亡くなっている。この発症死亡白鳥のウイルスの遺伝子は青森と北海道の例はほぼ同一であり、感染源は同一と考えられている。だが、そのウイルスがどこから日本に侵入し、どこで白鳥と接触したかは不明である。日本各地の他、韓国、中国、ロシアそして東南アジアとの高病原性鳥インフルエンザウイルスの「H5N1型」の遺伝子分析結果を情報公開して、感染経路を確認することが大切である。その後の調査で韓国の発症個体のウイルスに近いものであり韓国を経由して感染した可能性も高い。外国でも白鳥の感染例が多い。

今年の秋白鳥など水鳥が高病原性鳥インフルエンザを日本に持ち込まないか心配である。CDCの報告では鳥インフルエンザのいくつかのH型でのヒトへの感染が確認されている。

昨年、北大がH5高病原性鳥インフルエンザウイルスの迅速診断キットを開発し、今年、国立感染研究所が鳥インフルエンザのH5N1型を簡単に検査する方法を開発したので、これを野鳥の野外調査に利用ができると早期発見に役立つものと考えられる。それには環境省(野鳥の定期検査)、農水省(家禽の予防)、厚労省(ヒトの予防治療法の確立)など、共通認識を持って国内はもとより諸外国と協力研究・調査・調整をする必要がある。野鳥や家禽等を診察する獣医師等にも優先的にワクチン接種をしないと、調査・研究に支障がおこり、ヒトへの対策が遅れることも考えられる。

日本での外来種問題が大きな社会問題にしているのも、獣医師や専門家が動物愛護と生物多様性保全との総合的長期的対応を欠いている一面があると思われる。また、ヒトの緊急対策においての優先順位の判断などに獣医師も重要な立場にいることを念頭に置き、鳥インフルエンザ対応を十分に考えておくことが必要と思われる。

 

参考文献

 

 家禽ペスト動物の感染症 近代出版 P249250   2002

 鶏ペスト 最新家畜伝染病 南江堂 P9194   1970

 鳥インフルエンザ 野生動物医学 文永堂 P216   2007

 家畜伝染病予防法 獣医衛生業務必携 中央法規

 各社新聞記事など



その3:練馬区報 新型インフルエンザの発生に備えましょう.









 志村 豊志郎練馬区長、中西 好子練馬区健康部長(練馬区保健所長)、大橋 静男元区議会議長
 町田、清水、上野練馬区獣医師会役員と新妻 勲夫WRV会長   (鳥インフルエンザについて会談)















HOME